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絹の未来

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文:富澤輝実子

絹はどこから来たのでしょう

今回は【絹の未来】についてお話ししたいのですが、その前に、私達が大好きな絹はどこから来たのかお話しさせてください。そして、絹の未来につなげてまいります。
日本人は大昔から絹が大好きだったらしく、『古事記』『日本書紀』の時代から宮中で養蚕がなされ、さらに先進的な農業の一分野として尊ばれてきた歴史があります。ところが国内で産する繭量よりも需要のほうがはるかに大きかったため、記録のある限りでは日本はずっと「絹の輸入国」でした。それでは、絹そのものを輸入する前はどうだったのでしょうか?また、それよりずっと前に、絹を発見して用い始めたのはどのような用途・場面だったのでしょうか? 解き明かしてまいりましょう。

絹は紀元前3000年頃の現在の中国からとされています

今からおよそ五千年前の今の中国でのお話しです。
漢民族の祖として崇敬されているという伝説的黄帝(こうてい・皇帝ではありません、念のため)の時代のことです。ピンと来た方もあることでしょう。黄帝はあの「ユンケル黄帝液」のコマーシャルで聞きなれているその黄帝です。この時代に漢字、医学、薬学などの学問が始まったと考えられているそうです。その時代に蚕の祖先の野生の昆虫を飼いならして繭を収穫する養蚕という農業が始まり、生糸を引き出す製糸が始まり、そして絹の織物をこしらえたと考えられているのです。

現在絹は主にどこで活かされているのでしょう

絹は動物繊維に数えられますが、ほかにはどんなものがあるかと言いますと、
●代表的な動物繊維は「ウール」です。ウールは羊の毛から得る繊維ですが、その羊は食用ではなく毛を取るための羊・綿羊(めんよう)のことです。春になると海外のニュース映像でモコモコの羊の毛をバリカンで刈っている様子が映し出されます。太ってモコモコなのだと思っていたのですが、毛を刈った後の羊はちっとも太ってはおらず山羊のようです。私達の生活に最も多く用いられている動物繊維です。
●高級素材としてなじみ深い「カシミヤ」はカシミヤ山羊から取れる柔毛でこしらえる繊維です。「ラクダ」はあのラクダの毛、「アルパカ」「ビキューナ」は南米アンデスで育つラクダの仲間の毛から作る繊維です。いずれも肌触りがシルキーな高級感に価値があるそうです。このように動物繊維はたくさんあるのですが、皆、1本ずつの毛が短い短繊維です。ですから紡績という作業・糸紡ぎをして繊維を長くしなければ機に掛けて織ることはできません。それに比べて絹は繭から引き出す1本の糸が1000メートル以上もある長繊維です。ただし、繭を真綿に加工してから糸を紡ぎ出す「紬糸」は広い意味での紡績です。
このほか植物繊維の「麻」「木綿」なども紡績か糸をつないで長くする作業から繊維を得ています。

絹の優れた特徴とは

●絹は1本の糸が細く長いために薄い生地を織ることができます。現代では特別優れた特徴と思えないかもしれませんが、それは私たちが日ごろ合成繊維の薄い生地を見慣れているからですね。合成繊維が登場する以前は絹以上に薄い生地、透ける生地はできなかったのです。透けるという特徴の高い価値について、フランスの研究者・リュセット・ブルノア女史は著書『シルクロード』(長澤和俊・伊藤健司訳 河出書房新社)のなかで、透ける衣服のエロティシズムに触れています。
●絹は染料の染めつきが良く、茜、紅花、紫根、蘇芳などどのような植物染料でもきれいに発色し、顔料も鮮やかに染まりました。それは刺繍糸にもいえましたから、美しい刺繍も可能でした。
●糸自体に光沢があるため、織り上がった生地からは艶やかな光が発散されます。
●手触りが滑らかで質感はしなやか、触っているだけで癒されると言われています。

以上の特徴から高級衣服に用いられてきました。
海外では王侯貴族をはじめとした上流階級の物でしたが、日本では古くから富裕な町人も絹の衣服を用いていたことが知られています。

絹の未来―衣服として、あるいは生活空間の一部として

日本人が着物を必要とする限り、絹は衣服として生き続けるでしょう。着物は絹という繊維と出会ったことから、友禅技法をはじめとする様々な染色技法が発展し、ここまで華やかで優美な芸術的作品が生み出されたのでしょうし、重厚、繊細、格調高いあるいは軽妙な織物も生まれたのでしょう。一部の特権階級だけでなく一般庶民も絹の衣服を身に着けるようになって何百年もたち、合成繊維が発明されてほとんどの洋服に用いられているにも関わらず、依然として着物愛好家は絹から合繊に乗り換えようとしないのです。なぜでしょう。広い意味での着心地に尽きるのでしょう。滑らかで、しなやか、上品な光沢、肩に掛けた時のとろりとした質感と優美なドレープなど、他の繊維では叶えられない豊かな満足感があるのだと思います。また、衣服として用いない国でも着物や帯を生活空間に飾って楽しんでいます。シルクの価値を認めればこそと嬉しい気持ちです。
そしてもう一つ、今世界中で話題になっている「サステナブル(持続可能な)」という考えにマッチした素材だともいえるのです。合繊はいつまでも土にかえることができないと聞きます。シルクは天然繊維で主成分がタンパク質ですので自然に地球に帰ることが可能です。そして、その土に桑を植えて、桑の葉を食べて蚕が育ち、蚕は繭を作って絹を恵みます。持続可能な優れた資源と言えましょう。

絹の未来―医療資材として

ここからは、元蚕業科学研究所長・井上元(いのうえ・はじめ)先生のご執筆による「シルク利用の歴史」(朝倉書店刊 日本蚕糸学会編『カイコの科学』)からご紹介いたします。
紀元前3500年ほどの現在の中国河南省の遺跡から出土したシルクは、最古のシルクとされている「羅」という布ですが、織物というよりも編んだ物のようで、小鳥を捕獲するための「網」だったそうです。また、薄く織り上げた絹地は「絹の篩(ふるい)」として当時の食料・どんぐりの粉をふるうのに役立たせていたそうです。ですから、その時代の絹は現在のものほど繊細ではなかったのでしょう。粗いものを想像します。
ここまでは生活用具としての役立たせ方ですが、ここからは医療現場の用途に高い価値が見いだされたお話しです。
絹はご存知のように動物繊維で、主成分はタンパク質です。ですから、例えば医療用の糸に用いた場合、後日それを引き抜く必要がないそうです。中で自然に同化してくれるためです。現在ではポリ乳酸などの吸収性縫合糸が普及していますが、それ以前は手術時に縫合糸として中心的役割を果たしてきたものです。また、深い傷の手当てに用いる場合なども(注 富澤はこの分野に無知ですが)皮膚が再生されるのに負担が少ないと聞きます。そのほか、人工血管への実用化や再生医療分野でも期待が高まっています。また、身近な分野では、化粧品や石鹸、血中コレステロール値を低下させる機能性食品としても可能性が追及されています。
私達がイメージしやすいガーゼや包帯、床ずれ防止布、手術用縫合糸で利用されているだけでなく、人工血管や人工皮膚、人口骨や歯、カテーテル、人口腱・靱帯、軟骨再生材料などまで活用に向けて広く研究されているそうです。これは絹が天然の生物資源であればこそでしょう。現在、病気やけが、やけどなどで苦しんでいる方を助けつつあることでしょうし、将来はもっと救うことになるでしょう。

石鹸や化粧品として

石鹸と言えば、私は若いころ「カネボウ絹石鹸」という石鹸を愛用していました。使っているときは「カネボウ」と「絹」との関係に思いが及ばず、高級感を与えるイメージ上の命名と考えていたのですが、実はそうではなく、実際絹を生み出す蚕のサナギから得られた油脂を原料にしてこしらえた物だったのでした。『「糸の町岡谷」シルク今昔ものがたり』(岡谷蚕糸博物館著 長野日報社刊)中で岡谷蚕糸博物館の林久美子学芸員は、「片倉製糸、郡是(ぐんぜ)製糸に次ぐ大製糸会社だった鐘紡はフランスとアメリカへの輸出を念頭に昭和11年、高級絹石鹸〚サボン・ド・ソワ〛を製造し、石鹸は一つずつきらめく絹のハンカチで包み、まばゆく光る銀色のケースに納めて販売した」ことを記しています。このアイディアは日本のファッション・デザイナーの草分け・田中千代女史のアドバイスによるものだそうです。価格はというと、ひと箱3個入りで6円だったそうです。現在と貨幣価値が異なりますので、この数字だけ聞いてもピンときませんが、お米10㎏が2円50銭の時代と聞くと、その高額なことが分かります。そして、フランスやアメリカの女性が化粧品ばかりか石鹼にも、上質であれば高額な対価を惜しまないことを知ったといいます。
現在では、絹を活用した化粧品がたくさん作られています。化粧水、クリーム、フェイスパック、ファンデーション、口紅、ヘアートリートメントなどなど。

絹は数千年前の中国の遺跡出土例からは、生活用具として利用されたことが知られ、衣料に用いられてから金と同等の高い価値を持ち続け、現在では医療分野にまで実用化されています。さらには電子分野や光学分野にまで発展の期待が持たれていて、わくわくするような未来が近づいているようです。

蚕は昆虫を飼いならしたものですが、「鳴くことなく、咬むことなく、刺すこともなく」ただおとなしく桑の葉を食べ、熟すと絹を吐いて繭を作ってくれる虫です。「まことに尊い虫」と言わなければなりません。絹の未来は衣料から離れて、遥か彼方の高みに向かっているのだと思います。
私達着物愛好家にとって忘れることのできない、いわば恩人のような存在と思いたいですね。
〈井上元先生の「シルク利用の歴史」は朝倉書店刊 日本蚕糸学会編『カイコの科学』に掲載されています。ご興味ある方は是非お読みくださいませ。

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